各宗派の思想(臨済宗建長寺派の法話から)

各宗派の思想(臨済宗建長寺派)

臨済宗建長寺派の法話から
曹源の一滴水の話


臨済宗建長寺派の法話から

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【江戸末期から明治にかけての禅僧、滴水和尚が、岡山の曹源寺(そうげんじ)に入門を許されたある夏の日、風呂焚(た)き当番になりました。入浴していた師匠の儀山(ぎざん)和尚が、『湯が少し熱い、水を汲んでこい。』と滴水に命じました。

滴水は、桶(おけ)に残っていた水を何気なくあたりに撒(ま)いて、新しい水を汲みに行こうとしました。それを見た儀山は、『そんなことで修行ができるか!』と大喝一声。なぜ儀山は、わずかな水のことで怒ったのでしょうか。それは滴水が、残りの水をムダだと思ったからです。残り水も木の根にでもかけてやれば木も活(い)きるし、水も活きる。

そして、その水を使う自分自身も活きてくるのです。儀山和尚の大喝は、これを説いていたのです。滴水はこの大喝にふれて、一滴の水の尊さを肝に銘ずるために『滴水』と号し、後に天龍寺の管長となられました。これが有名な『曹源の一滴水』の話です。】
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ハッとさせられることのひとつやふたつ、誰しもきっとありますよね。物を大切にすることは、その物の命を活かし、使う人の命も活かすこと。私たちの身の回りには、何一つムダなものはないと気付かされると、日ごろどれだけのムダをしいてきたのか、己が恥ずかしくなってきます。

水道をひねれば水がとめどなく出てきます。スイッチを入れれば永遠にながれてくる電気のおかげで明るくて暖かい生活ができます。豊かな時代だからこそごはん粒ひとつでも、少しの水でも考えなくてはいけない、人間の課題のように思えますね。

例えば、500円のカサが壊れたとき、あなたはどうしますか。治してでも使おうとしますか?500円なら買ったほうが安いと思いますか?たいていは後者を選ぶようです。なんでも簡単に手に入ってしまうことが、その場限りの自分のエゴでものごとを計って考えてしまいがちなのかもしれません。

これはただの道徳の話だけではないと思います。自分のことばかり考えていては何事も廻っていかない世の中を作り上げてしまうことになります。そんな考えの人だらけになればきっと世の中が殺伐としてくるでしょう。だからこそ大切な教えなのですね。活かすことを知るということは、自分が活かされているということを知ることなのです。

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