各宗派の思想(浄土真宗の法話から)

各宗派の思想(浄土真宗)

浄土真宗の法話から
割り箸は二つに割れるから使えるもの


浄土真宗の法話から

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【二つに割れた割り箸を見つめて、片方だけでは何にもならない、一人で生きているつもりになっているけれども本当はそうではなかったことに気づかされた、一人暮らしの老人の話があったそうです。しかし、割り箸の、二つに別れてしまうことを見るのではなく、2つに割れなければ使えないものであるということに焦点を合わせるべきでしょう。

こちらの箸とむこうの箸が離れるのでそれぞれ別々のようだけど、本当はそうではなくて、こちらの箸に寄り添って、合わせて、落としはしないと支えて下さっているのです。言うならば、こちらの箸があるからこそ、むこうの箸があるのです。暗闇があるからこそ、照らす電灯があり、病いがあるからこそ、治すお医者さんがいるのであり、この私がいるからこそ阿弥陀さまがいらっしゃるのであり、この私の煩悩があるからこそ、見捨てずにおけない救わずにおれない阿弥陀さまのご本願があるのです。

親鸞聖人が『弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなり。』と説いています。『阿弥陀さまが、五劫という長い間思案されて、たてられた本願をよくよく考えてみると、それは ただこの親鸞一人をお救いくださるためであった。』とおっしゃっています。割箸のように私一人だったのではなかった阿弥陀さまと二人連れだったと いつでもどこでも今ここにでもお呼びかけ、はたらいてくださる阿弥陀さまに御恩報謝のお念仏を申させていただきましょう。】
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とかく人間は、一人で生きている気持ちになりがちですよね。私自身も特に若い頃ほどそんな気持ちで生きていました。親も、元気でいるのが当たり前と思っていましたし、身近な人の存在にすら感謝することも忘れている時期もありました。こちらがあるからあちらもある。あちらがあるからこちらもある。そう考えて世の中を見渡すとこれほど違って見えることに驚きます。

商売人がいるからこちらも助かるわけですし、お客がいるから商売も成り立つというものです。世の中のしくみですから当たり前と考えればそうなのですが、そこに感謝の念があるかないかの違いは大きな課題ではないでしょうか。相手の存在にありがたいと感じる気持ちを全ての人が感じながら生活をすれば、謙虚な心がもっと増えることなのでしょう。

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